「紫夏編」というのは、嬴政を形作るうえでとても重要なエピソードで、かつ“キングダムの魂”だと思っているんです。今回の『運命の炎』は、その魂が嬴政から王騎に受け継がれ、信に受け継がれ、どんどん伝播していく物語にしたいと思いました。ですから、原作で嬴政が宮女の向に聞かせる紫夏とのエピソードを、映画では信と王騎が聞く形に変更しています。二人に嬴政の過去を知っていてほしかったですし、それが二人の原動力にもつながる、という物語が作りたくて、こういう構成にしました。また、「紫夏編」は、過去に趙で人質として捕らえられていた嬴政が、趙から脱出するエピソードなので、趙との「馬陽の戦い」と同じ映画のなかで描くことは、物語をより深めるために効果的な手法だと考えました。
『キングダム』はぜひ劇場で観ていただきたい作品ですし、劇場にいらっしゃるお客様を大切にしたいので、そこで初めて明らかになるサプライズを用意したかったんです。公式に発表される情報とか、周りから聞く情報ではなく、劇場で本編を観たときに何か驚きがあるということを『キングダム』シリーズではやっていきたいと思っています。劇場で『キングダム2 遥かなる大地へ』を観た方が、3作目があることを初めて知ったように、この『運命の炎』も劇場でご覧になる方が最初に李牧や龐煖を誰が演じているのか知ることができる。そういう驚きを用意しています。
1作目は、戦災孤児の奴隷の少年が、のちに秦王となる嬴政と出会い、亡き親友・漂の志を引き継いで「天下の大将軍」を目指す物語で、信は争いに巻き込まれ、翻弄されながら成長していきました。2作目では伍のメンバーになり、初めての戦場に出て、ここから一人で頑張るという強い意志をもって第一歩を踏み出しました。それがこの『運命の炎』では、百人将となり人を率いる存在になります。今回はアクションもさることながら、『キングダム』の重要な要素である舌戦も信の見せ場となっていて、百人隊が集まったときの演説、王騎との問答、そして馮忌との決戦の前の演説などで、信が皆の心をつかんで奮い立たせ、リーダーシップを発揮していきます。また今回の信は、初めて人と一緒に動き、部下の命を預かっていることでこれまでになかったためらいが出てくる。信がひとりひとりの命を束ねて動いている重みを感じながら成長していくさまを映画とともに味わっていただきたいです。
馬陽の戦いに関しては、当初、中国の大平原で撮る予定で、ロケ場所も決めていたんです。しかし、新型コロナの影響でロケ地を日本に変更しなければならなくなり、アクションシーンの構造を変えました。もともとは馬を使った平地の戦いを想定していたんですが、中国で撮れないのなら、逆に中国では撮れない、日本の地の利を活かしたものにしようと。山があって、その山を横から飛び越え、馮忌のいる陣地まで行くという、足を使った人間臭いアクションにしています。チームが一丸となって点を取るラグビー日本代表の戦いを参考にしたいとアイディアを出したら、みんなが呼応してくれて。敵将・馮忌の首を討つために百人が一致団結して一本の矢のようになり、信を助けながら一人ずつ突っ込んでいくという、ある種の爽快感のあるアクションシーンになりました。
原作では紫夏編の嬴政は子供なので、原先生からも「子役にするんですか」と聞かれたんですが、「絶対吉沢さんじゃないとダメです」とお伝えしたんです。「吉沢さんご本人が演じて、その重みを自分で背負って次に伝えていくのが物語として大切なので、年齢設定のことは気になさらないでください。吉沢さんは絶対ちゃんとやりますので」というお話をして。原先生も「そういうことであればお任せします」と言ってくださって、実現したシーンです。外見を若く見せるというよりは、別人のように心を閉ざしていた嬴政が、清らかな心と母性を持った紫夏に出会い、感情を取り戻していく過程を丁寧に演じてもらいました。
紫夏のキャラクターで大切にしたかったのは母性です。原先生も、紫夏の母性が若い王の魂を守るという構造を大事にしてほしい、嬴政と紫夏が恋愛関係に見えないように気を付けてほしい、とおっしゃっていました。紫夏は、闇商人という存在ですが、人としてはとても正しく誠実で、嘘のない人。彼女の言葉を信じることで嬴政は人間としての心を取り戻していきます。紫夏は本当に心がきれいな人じゃないと演じられない役で、深く広い母としての愛と強さがあり、誠実な人柄であることが重要です。誰が演じられるかイメージしたときに、杏さんしか思い浮かびませんでした。まさに紫夏役にぴったりだったと思います。撮影は大がかりで、趙からの脱出シーンは、実際に馬車の上から弓を引いてもらっているんです。馬が二百メートルくらい走って、その間にワンカットずつ撮るのを何度も何度も繰り返して、過酷な撮影だったと思いますが、見事に演じてくださり、迫力あるシーンになったと思います。
紫夏編はとても感動するエピソードで、重厚な芝居が求められます。お二人ともすごい集中力でした。紫夏が嬴政を抱きしめて、「あなたは立派な王になれる」と訴えかける芝居は、現場で見ていてもとても感動的で、スタッフも涙するほどでした。自然と、二人の芝居、集中力を絶対に途切れさせてはいけないという雰囲気が伝播して、200人ぐらいのスタッフがみんな静かに見守っていました。素晴らしいシーンになると確信しながらの撮影で、チーム一丸となりましたね。
何人もの亡霊が出てきて嬴政を押さえつけるのではなく、実写らしい別の表現をすべきだろうと。やはり亡霊も嬴政であるべきだと思ったので吉沢さんに演じてもらいました。嬴政、漂、嬴政の子供時代も演じているので、『キングダム』で何役目なんだという感じですよね(笑)。
今回の作品は、「馬陽の戦い」「紫夏編」という二つの大きなエピソードを描いていて、映画二本立てぐらいのボリュームがあるのですが、その二つの物語を一気通貫するのが、嬴政の想いなんです。それが信や王騎に受け継がれ、そして一本の映画になるという構造になっています。嬴政の固い決意の積み重ねがあって、それを間近で見てきた信や王騎の心を動かす、という構造にうまくできたと思います。
今や日本を代表する役者といっても過言ではないお二人ですが、とても仲が良いんです。それぞれがお互いのフィールドでどんどん成長して、パワーアップして戻ってきて、また一緒に一つの作品を作り上げる。それを『キングダム』で繰り返していけたら面白いなと思っています。
呂不韋は嬴政の政敵で、秦国を動かしている大物ですから、演じられる人は限られます。そんな役に説得力をもたらしてくれる役者さんは誰かと考え、佐藤浩市さんにぜひとお願いしました。昌平君は『キングダム』に続編があれば玉木宏さんに演じてほしいとずっと前から思っていたんです。大人の色気と知性にあふれていて、彼が来る日は現場の女性スタッフがうきうきするほど大人気でしたね(笑)。秦国の宿敵である趙軍の武将たちは、この人が敵だったらややこしいだろうな、と思わせる、濃いキャスティングにしたくて、一筋縄ではいかない、一癖も二癖もありそうな人たちを集めました。秦国に恨みを抱く特攻隊長のような副将・万極に山田裕貴さん。巧みな軍略から知将と呼ばれる馮忌に片岡愛之助さん、そして、王騎を追い込む総大将・趙荘に山本耕史さんと、“濃すぎる”最強の布陣です。それぞれ個性的で人気絶頂の方々が大集結しているのがキングダムの強みかなと。紫夏編の杉本哲太さんや浅利陽介さんの演技も泣けますし、馬陽の戦いの飛信隊のメンバーもそれぞれに見せ場がある。『キングダム』は群像劇で、それぞれの成長物語でもあり、誰かにだけ焦点が当たるのではなく、みんなの物語が一斉に動いていきます。わずかな登場時間でも、その人が輝く瞬間があって、観た人の記憶に残る。そういう稀有な作品になっていると思います。
信の活躍を横目で見ながら自分も成長したいと思っている河了貂も、数々の成長物語が描かれる中で、重要な存在ですね。また、河了貂は、子どもたちに大人気ですから、この作品を楽しいものにしてくれるアイコン的存在として、これまで通り、映画を和ませていってほしいなと思っていました。羌瘣は2作目で信と出会って初めて、自分が生きてきたのと違う世界があることを知りますが、今回は自らまたそこに戻ってきて、仲間と一緒に戦います。前回は人の話に耳を傾けないようにしていたところからのスタートでしたが、今回は戦いの中で、色々な人の話をよく聞いて、それぞれの想いを知っていく。その過程で、羌瘣の心もまた少しずつ変わっていく、という表現になっていますね。
凄まじいですよね。王騎が腕を組んで立っているだけで存在感がすごいですから。あのように王騎役を仕上げて現場にやってくるというその行為、行動は人の心を動かし、本気にさせます。みんなの背筋がしゃんと伸びて、自分たちももっとやらなければという雰囲気が現場で生まれました。そういった意味でも大沢さんに引っ張ってもらった部分はありましたね。
今回は、音に相当こだわりました。ハリウッド大作に負けない音響作りをしたかったので、参考に『トップガン マーヴェリック』や『DUNE/デューン 砂の惑星』の音を音響チームに解析してもらって、それに負けないような音作りをしてほしいというお願いをしました。どこまで音量を上げていいのか、音をどこから出すのか、音楽はどうするのか。分析の上、音を足すだけではなく引き算もしながら、仕上げてもらいました。その作業に通常の三倍の時間がかかっています。
2作目のとき同様、コロナ禍で、中国の撮影に日本人スタッフを連れていくことが不可能だとわかった時点で、まず、監督の頭の中にある映像を絵コンテに起こしてもらって、それを実現する方法を考えました。「このカットは日本で撮れる」「このカットは中国じゃないと撮れない」というように、ワンカットごとに分析をして、振り分けて撮っていきました。一つのシーンのなかに、中国で中国のスタッフが撮ったカットと、日本で日本のスタッフが撮ったカットが混在するので、しっかりプランを立てないとできない、気の遠くなるような作り方です。佐藤監督だからできたことですし、監督への信頼感は絶大なものがありますね。今までにない撮り方でしたが、ノウハウが蓄積されましたし、われわれの技術も上がってきているのでシリーズごとにさらに良いものが作れるようになっていると思います。
中国で撮ったのは、エキストラが数百人いたり、馬が100頭いるようなカットなどです。ダイナミックなシーンを選りすぐりで、カメラ位置、隊列、イメージなどを伝え、すり合わせをしたうえで、必要なカットを撮ってもらいました。中国ユニットの監督は、ジャッキー・チェン作品のアクション監督を務める何釣(フージュン)さんで、助監督は『レッドクリフ』のチームに担当してもらいました。衣装は日本で使ったのと同じものを中国で制作し、エキストラとスタッフの数は、1日当たり約1000人に上りました。日本では、兵庫県赤穂市にある兵庫奥栄建設の広陽工場跡地を、馮忌戦の舞台にさせていただきました。岩場に囲まれていながら平地では全力疾走できる抜群の環境でした。また、紫夏編の馬アクションは、コロナ禍で作業がストップして空き地になっていた長野県東御市の工場用地に、巨大なグリーンバック(高さ約12メートル×長さ約200メートル)を設置して多くのカットを撮影しました。広いだけではなく、反対側が崖というのも撮影に好都合でした。
日本のエンターテインメントが世界に通用すると証明するためにやっているようなところもあるんです。いまや、ポチッとクリックすれば世界の色々なコンテンツが簡単に見られる時代です。それらのコンテンツと比較されたときにそん色ない、むしろこちらのほうが面白いと言われるようなエンターテインメント作品を作りたいと思っています。日本のアニメは、世界でもそういうポジションを築きつつあるような気がしますが、日本の実写作品はまだまだそこにたどり着けてないので、挑戦し続けたい。日本映画の枠を超えなければいけないと思って頑張っています。
皆さんの期待をどんどん、高く高く裏切っていきたいと思っています。1作目、2作目を超える作品を作ったという自負があるので、ぜひハードルを上げて、劇場に観に来てください。また、劇場に来て初めて分かるサプライズを今回も用意しているので、そちらもどうぞお楽しみに。